かんちゃんとヨーヨー

幼馴染の、かんちゃんが屋台で焼きそばを焼いているという。

久しぶりに駆け付けた町内会は、小さくてあったかかった。

かんちゃんは私を見て、「ほんとに来ると思わなかったよ」とぼそっと言った。

突っ立っている私に、かんちゃんは「ヨーヨー作ってみる?」と言った。

かんちゃんと、おじさんたちと一緒に座って、

ヨーヨーに大きな注射針みたいなもので、水と空気を入れた。

輪ゴムで口を縛るのがむつかしかった。

かんちゃんは、私が器用なのと手仕事が好きなのを覚えていたのだ。

しばらくして、男の子を二人連れたさーちゃんが来た。

さーちゃんはあいかわらず美人で、心臓にカテーテルを通したばかりだった。

三人で見た夜空はあかるかった。

明日晴れるか晴れないか、とかんちゃんは言った。

べとっとした接吻

その人の接吻はべとっとしていた

勝手にわたしの体を触るので

わたしは何だか気分がわるくなって

それでもなんとか

この、お金をきちんと稼いでいる人に合わせていた

これまで付き合ったBFはこんなんじゃなかった

いつも、私自身に触れたいから触れてくる感じだった

この人は違っていた

Hがしたいだけで相手は私でも誰でも別にいいのだと思った

だけども、自分からホテルに入ってしまったので仕方がなかった

私は自分がこの人の玩具になったような気がした

朝になって、またべとっとした感じで「しようよ」と言われた

私はやりきれなくなって咳込み始めた

それで、その話はお終いになった

その人は怒ったのか、財布がさみしかったのか「ホテル代を三分の一出してくれ」と言った

私は黙って千円札を数枚渡した

それで、機嫌がよくなったこの人と、一階でホテルのモーニングを食べた

トーストは美味しくも不味くもなかった

結婚するってこんなものかと私はパンを齧りながら思った

戦う

人はみんな

自分の悩みとは自分ひとりで戦って

答えを出していると知ったのは

つい、最近のことだった。

私には小さい時からカウンセラーがついていた。

彼らはいろんな、役に立つことも立たないことも
おせっかいに教えてくれた。

いつの間にか私は、人に聞いて悩みに答えを出すようになっていた。

実際は、眠れぬ夜や、泣きたい夜に、

ひとりで歯を食いしばるのは、大事なことなのだ。

と、四十過ぎてやっと気づいた。

人生にセオリーはない。

悩みに王道はない。

自分で考えて、自分で答えを出すことが、自分をつくってゆくことなのだった。

ガッコウと骸骨

私はガッコウが嫌いだった。
ガッコウは湿っぽくて暗い感じがした。
小学校で、どもる私は特別学級に連れてゆかれた。
授業を抜けるたんびに皆がげらげらと笑った。
特別学級は、理科室の隣にあった。
私は矯正が終わると、理科室の骸骨を眺めに行った。
ホルマリン漬けの水槽の隣にある骸骨は、
静かで黙っていて私をいじめなかった。
私は骸骨と内緒で友達になった。
それでガッコウはほんの少しほの明るくなった。

中学校はすこし明るい感じがした。
でも、私がすぐキレるのでやっぱり友達は少なかった。

一生懸命がり勉して、高校に入ったら、
いよいよ友達がいなくなった。
うっかり色つきの靴下をはいて行って、
嫌なあだ名をつけられたりした。
ロックの雑誌に文章を書いたりしたけれども、
認めてくれる人はただの一人もいなかった。
私はいつの間にか部屋に引きこもるようになっていた。

ずっとたって、PCを叩いていて仲間ができて、
電車にもまた乗れるようになって、
詩のサークルに入るようになった。
ある日、
ガッコウを避けていたのは自分の方だったことに
気がついた。
しばらくしてFBで出会った同窓生は、もうこわくなかった。
みんな親切で、きつい忠告もちゃんとしてくれる友達だった。
私はさみしい骸骨と黙ってお別れした。

ある男

ある人に、別れとも取れる手紙を出した。・・・返事は来ないけれども、私は彼を信用している。それは何故か。

・・・彼はおそらく、叩けばいくらでも埃の出る男だっただろう。酒と女に溺れたこともあれば、人を騙すこともあるのだろう。しかし、その分彼には、体でものがわかっていた。

私が病気だからと言って、家に来るのを躊躇ったり、私の人格を馬鹿にしたりしなかった。・・・私にはそれが嬉しかった。

彼が、私の持っているものに強く惹かれたのは事実だろうけれども、私と一緒に暮らしたい、結婚したいと言う気持ち自体に、嘘偽りはこれっぽっちもなかったと今は思うのだ。

要するに、彼はいわゆる「いい人」ではなかったけれども「偽善者」ではなかった。

例え、彼がホストになろうがホームレスになろうが、私はこれからも彼を信用するだろう。金にだらしないという点には目を瞑る、という条件つきでだが(笑)。

甘え上手な男

ここのところ、ずっと悩んでいた。・・・被災地から出てきて現在、就職浪人の彼のことである。

話はやや前後するが、私が40年間、境界例の母親と一緒に暮らして学んだことは、「人は裏切る。人を騙す。人を陥れる面がある」ということだった。

「殺伐としてるなぁ」「悲しいなぁ」と思う人がいたらごめんなさい。・・・しかし、これは世間の鉄則である。距離が近ければ近いほど、親密であればあるほどその危険性は大きい、と私は見ている。

それで。

その就職浪人の彼は、仕事があったころは一見溌剌としていた。・・・だけど、私の目の届かないところでは浮気ばかりしていた(ように思う)。

もちろん、会えばいつも優しく、態度はジェントルで、私の望むようにハグしたりキスしたりしてくれるのだったが。

彼が、職を失ってからもう4ヶ月になる。・・・おそらく、ぎりぎりに食詰めている頃だろう。

それでも、私が「一緒に暮らそう」と甘いことを言えないのは何故か。

それは、一言で言って彼を信用しきれないからだ。

もし、無一文の彼と一緒に暮らして、彼の再就職を支えつつ生きるとしたら、それはそれでひとつの選択肢だろう。彼は見てくれが綺麗だし、若いし、背も高い。いわゆる勉強もできる。

・・・だけど、私は彼が被災地にいたころ、散々「怖いよ」「助けて」と甘えて来たのに、いざとなると他の女性と過ごしていたことがどうしても許せないのだ。

浮気する男と言うのは確かにいる。だけど、女がそれを許してしまう場合もむろんある。・・・それはその男がいわゆるカサノヴァタイプである場合だ。要するに、浮気していようが元の彼女にも優しい。彼に、甘えたいときは存分に甘えさせた挙げ句に、複数の女性を公然と渡り歩く。

しかし彼はそういうタイプではなかった。こそこそして冷たかった。

人間には、色んなタイプがいて、本当に何の役にも立たない人間と言うのはいない。・・・彼の手慣れたハグで、私はだいぶん落ち着いたし、自分を取り戻すこともできた。

・・・しかし、彼と一緒に暮らすのは危険すぎる。それは私の精神的、肉体的安全を脅かすことだ。

だから私は横目を瞑って知らん顔をしている。

あなたの腕は大きくて細かった

抱きしめられて暫くじっとしていた

部屋にはイランイランの香りがたち込めていて

カーテンは静かな薄緑色だった

それから私は見た

あなたの腕が四方八方に伸びて

パキラの木のようにどんどん大きくなって

部屋中をジャングルのように覆ってゆくのを

すっかりマイナスイオンに包まれた寝室で

私とあなたは安心して睦みあった

父ライオンと子ライオンのように

外は森閑としていて紺色だった

時々上の部屋の人の寝息が聞こえた

充電中の携帯のシグナルが二台枕の上で赤く灯っていた