Neglect

私が幼稚園児から小学校にあがるかあがらな
いかの頃母親が狭い台所でお前なんか産みた
くなかったけどできちゃったおろしたかった
けど結婚する前にもうひとり遊んだ人とおろ
したしその時は産婦人科で両足をぱかっとひ
らかされてとてもこわくてでも胎児は無事に
えぐりだすことができてそのおかげでせっか
くお父さんと結婚できたのにまたできちゃっ
てめんどうだからまた一人おろしてあんたが
できてでももうあたしの体にも悪いし経済も
余裕が出来てきてたからなお世間体が悪いし
仕方なく産んだのよと憎々しげにわたしに言
ったその頃のわたしはもう書斎のむずかしい
文学全集に手を出し始めた頃でだいたいの意
味はとれたもともとその頃なにかに失敗する
と母親に納戸に連れ込まれてお仕置きに悪戯
をされていたからそんなことかとおもって泣
きもしなかったらなお怖い目でにらまれた母
親は料理を作ってどんとならべて夜はてきと
うにふとんをひくだけだったから弟とふたり
で適当にそのへんで寝た母親はべたべたのフ
ライドポテトくらいしかまともに作れなくて
顔の洗い方も靴の紐の結び方もなんにもおし
えなくて父親は仕事で忙しいと言って始終う
わきしていたらしくどこにいたのか全然覚え
ていないきっと母親の言うように社長の片腕
で接待されていたのだろうちゃんとしたおう
ちですねと外に出るとみんなわらうから適当
に合わせることしかできなくて学校ではどう
してどもるのかと叱られて帰って来たよるは
恐ろしい折檻が待っていた家はあったでもい
えはかぞくはかていはどこにもなかったです

生まれて来たらアウシュヴィッツにいました

面倒臭いということ

生きるという事が、
ふいに面倒臭くなってくる年齢があると、
突然知った。
正確に言うと、色んな些細なことがら(愛しているとかいないとか)に、
拘るのが面倒臭くなってくるのだ。
それは、特定の人に対してだけではない。
今まで気に入っていた買い物も、
趣味の対人関係も、
新しくチャレンジするのが億劫になってくるのだ。
今あるものと今ある場所で、生きて行ける歳に私は突然なった。
その替わりに、
今まで馬鹿馬鹿しいと思っていた色んな想い出が、
走馬灯のように鮮やかに煌いてくることがある。
自分の中で貯えてきたもの、
特に失敗したり脱線したことが、
急に、
愛おしく思えるような時間を、
あるいは「老い」と呼ぶのかも知れない。

六人

詩の同人に出掛けた。
まだ、道の陽差しは強くて、でも空気はからっとしていた。
隣駅に着くと、慌ててお土産のお菓子を探した。
迷った挙句、アマンドの6色のダックワーズを買った。
会場は、近くのコミセンの中の小さい部屋で、真っ白くて新しくて冷房が効いていた。
ぼつぼつ人が集まってくる。
皆、詩が書きたくて楽しくて堪らない感じだ。
全員が、歯に衣着せず私の詩を評してくれた。
私は本当に嬉しかった。
仲間がひさしぶりにできた感じがした。
帰り道、お茶もせずにコンコースの途中で立ち止まって夢中で話をした。
それから、六人は別々の方角へ真直ぐに歩いて行った。

絵の展覧会

絵の先生の、展覧会に行った。
秋葉原からひとつJRを乗り換えると、
そこはガード下の下町だった。
地図にある、古い果物屋さんで道を聞いた。
おそるおそる、飲み屋さんの間を歩いてゆくと、
洒落た画廊の灯りがあった。
画廊にはいろんな絵がつるしてあって、
赤ワインと白ワインとウーロン茶と、
プレッツエルとレーズンの全粒粉のクッキーに、
きな粉入りのピーナッツバターと
キィウイのジャムが
添えてあった。
先生は少し遅れて来た。
きちんと趣味のいい服を着こなした人達にかこまれて、
雑談をしながらコーラを飲んだ。
詩の打ち上げ会より、
雰囲気がやわらかかった。
絵は喋らない。
絵は議論しない。
絵はただ黙って主張する。
私は、
ここに来てよかったなと思った。
帰りの電車では、
カップルが沢山これからたぶん夜を過ごす前戯として、
いちゃいちゃとスマホをいじりながら会話をしていた。

時代

忘れてしまえ

汚染されたフクシマの事なんか

忘れてしまえ

自分の足で立って歩けない人間達の事なんか

忘れてしまえ

都合の悪い第二次世界大戦の事なんか

時代は廻るよ

ほら、両脚を蹴って勢いよく一回転して

くるっと回って世界中を驚かすんだ

サーカスの時代がまたやってきた

夢の中へ

見合い相手は、「今どきの若者には夢がない」と言った。

「なんで引きこもるんだかわからない」とも言った。

それから、カラオケに行って飲もうと言った。

・・・私は、”普通”のことをしている自分が嬉しかったけど、アイドル歌謡が、内心馬鹿馬鹿しかった。

その人は、でも充分満足した様子で、「君を守りたい」という唄を歌って〆にした。...

私は今度は、美術館に行きたいと言いたかったけどそれは無理だった。

結局、銀座で蕎麦屋のカレーを食べることに決まった。

別れ際に、夜の灯りにその人の顎はたるんで見えた。

私の残酷な目線に気が付いたかのように、ふと、その人は

「俺、年寄りだから」と呟いた。

社会的な動物

人間は、社会的な動物だ。

たった一人でいると、本物の自信も、自尊心も身につかないのだと、

突然気がついた。

他人と自分を比較するから自尊心が必要になる。

他人と一緒に、普通にいたいから自信が必要になる。

私は、同情してくれる人に囲まれてひとりぼっちだった。

みんな、例えようもなく親切だったけど無責任だった。

自分から動き出して、友人を作って私は変わってきた。

「私なんて」ではなく、「私だって」と思うようになったのだ。

まだ青くて小さいけれども、自分と言う実がなりだした。