わたしの幼い頃

わたしの幼い頃 家には本がたくさんあった

居間のつくりつけの本棚の他に 

各々の部屋に本棚があり 

納戸に本棚があり 

階段の踊り場にまで本棚はあふれていた

だから 階段は足元に気をつけて昇らねばいけなかった

幼いわたしは

ナツメソウセキとか 

アクタガワリュウノスケとかという名前の入った本を

いつも手の届くところからひょいと 

取り出してはめくっていた

シブサワタツヒコという 

表紙の真っ黒な怖そうな本もあった

百科事典を引いては 世界の不思議を知ろうとした

古い美術全集の頁をめくって 

ドナテロのダビデの美しさに息を飲んだ

やがて 

近くの児童図書館に 母が手を引いて連れて行ってくれた

小さな暖かい空間に 

優しい気さくな係員の小母さんと

アーサーランサムの冒険物語や カニグスバーグの愉快な小説があった

私は 本棚の本を片端から順々に借りた

やがて私は 自分で本を買うようになった

ハスミシゲヒコの難解な本

パウル・クレー瀟洒な画集

その内私は 

貸本屋で漫画を借りたり 映画館で映画を見たりするようになって

本の世界からは 遠ざかって行ったけれども

かさこそいう黄ばんだ紙と きちんとした上製本の表紙は 

今も記憶から薄れる事がない

本は 友だちの少なかった私にとって

一番古い親しい親友である