結婚は天国か?

たまぁに読んでいるケイクス。・・・あまり紹介すると、ネタバレになってしまうのだが、今回林真理子の「ワンス・ア・イヤー」(というより他のいくつかの作品も含む)の、書評を読んで唸ってしまった。

曰く、「彼女は復讐ともいえる結婚で、社会の無名の人として文学を書いてゆくアイデンティティを得て云々」というような趣旨の記事なのだが。

私のとある昔からの友人で、会社を潰してしまって多額の借金を抱え、何とか自力で返済して見事結婚、というアクロバットを成し遂げた子が、ある時ふと言った。

林真理子って本当に自分の書きたいこと書いていないよね」

はい。・・・私もそう思います。

あの結婚と言うのは一種の嘘だし、その後の地獄を林真理子は全然書いてません。「私は立派です」とは再三繰り返して書いてるけど、「本当は夫を殺したいです(詩を書く女性が一度は書くフレーズ)」とは一度も書いてない。

結婚は、確かに女にとって「勝ち組」への順当な決断ではあるけれども、それは「自分」がある女にとって一種の「敗北」でもあります。

確かに、百歩譲って「依存」が得意な女にとっては結婚は天国であろう。・・・しかし、例えそうであっても、「離婚」をただの一度も考えたことのない妻と言うのは、かなり変わった人だと思う。

林真理子は、しかし「社会への復讐劇」としての「結婚」を選んでしまったがゆえに、そういう普通の本音がむしろ書けなくなってしまった。ような気が私はする。

無名の人のアイデンティテイなんて、それ自体が大体矛盾した言葉だし。「浮気したい」と書かない男の文学者が偽善者であると同じように、「離婚したいと思ったことは一度もありません」というのが、普通の主婦の本音だと思ったら大間違いでっせ。