夜歩き食べ歩き

日曜日の朝、疲れて昼近くに目が覚めた。何かしないとなぁ、と、ご飯に味噌汁にささみのチーズフライに、千切りキャベツと南瓜の煮たのを作ったけれど、そこで元気が尽きた。…ぼんやり、ネットサーフィンをしているとあっという間に夜が近づいてきた。

 普通の足なら、五分のところに住んでいる父に、電話をすると「今日は、もう洋食は食べる気がしない」とぽつんと言う。さてどうしよう。

 シャワーを浴びて汗を落とし、青い服に着替えて待っているとインターフォンが鳴った。ロビーに出ると、どちらともなく「外食しよう」という話になった。

 そのまま、まだ薄明るい道路を色が褪せてきた紫陽花を見ながらゆっくりゆっきり歩いた。父は、ビニール傘で痛む右足を支えながら、「ステッキを買おうか」とぽつんと言った。

 たどり着いた蕎麦屋は、案外混んでいた。奥の席が空くのを待って、私は揚げ茄子そば、父はせいろそばにウドの酢味噌和えを注文した。頑固そうな親父さんが運んできたそばは腰があって茄子は大きくて旨かった。背後には、古そうな能面がかかっていた。

 「昔、こんな顔をした同級生の女の子が本当にいたよ」と、父は珍しく昔話をした。私はそばの写真をフェイスブックにUPするのに夢中で、よく話を聞いていなかった。

 蕎麦屋を出ると、父は「珈琲が飲みたい」とぼそっと言った。近くのコロラドは休みだったので、昔よく行ったコーヒー専門店に足を運んだ。店は2Fだったので、父は階段を上るのがやっとだった。

 モジリアニの絵のかかった店で私が飲んだダージリンは、本当にブランデーのような味がした。

 帰り道は、下り坂だったので比較的父に歩調を合わせるのが楽だった。昔世話になった不動産屋の前で、今住んでいるマンションを紹介してくれた実直なセールスマンの人が、いるかどうかこっそり覗いてみたけれどもよくわからなかった。

 交差点で、「もういいよ」と別れようとしたら、父は「いや、暗いからそこまで行く」と言う。…私は内心、もしこんなところで危険に遭ったら、父を助けなくてはならないのは私の方だろうになぁ、と思ったけれども、父の脳にはそういう可能性はもうインプットされてないみたいだった。

 オートロックの前で、「ばいばい」と手を振って、楽しい日曜の夜は終わった。