甘え上手な男

ここのところ、ずっと悩んでいた。・・・被災地から出てきて現在、就職浪人の彼のことである。

話はやや前後するが、私が40年間、境界例の母親と一緒に暮らして学んだことは、「人は裏切る。人を騙す。人を陥れる面がある」ということだった。

「殺伐としてるなぁ」「悲しいなぁ」と思う人がいたらごめんなさい。・・・しかし、これは世間の鉄則である。距離が近ければ近いほど、親密であればあるほどその危険性は大きい、と私は見ている。

それで。

その就職浪人の彼は、仕事があったころは一見溌剌としていた。・・・だけど、私の目の届かないところでは浮気ばかりしていた(ように思う)。

もちろん、会えばいつも優しく、態度はジェントルで、私の望むようにハグしたりキスしたりしてくれるのだったが。

彼が、職を失ってからもう4ヶ月になる。・・・おそらく、ぎりぎりに食詰めている頃だろう。

それでも、私が「一緒に暮らそう」と甘いことを言えないのは何故か。

それは、一言で言って彼を信用しきれないからだ。

もし、無一文の彼と一緒に暮らして、彼の再就職を支えつつ生きるとしたら、それはそれでひとつの選択肢だろう。彼は見てくれが綺麗だし、若いし、背も高い。いわゆる勉強もできる。

・・・だけど、私は彼が被災地にいたころ、散々「怖いよ」「助けて」と甘えて来たのに、いざとなると他の女性と過ごしていたことがどうしても許せないのだ。

浮気する男と言うのは確かにいる。だけど、女がそれを許してしまう場合もむろんある。・・・それはその男がいわゆるカサノヴァタイプである場合だ。要するに、浮気していようが元の彼女にも優しい。彼に、甘えたいときは存分に甘えさせた挙げ句に、複数の女性を公然と渡り歩く。

しかし彼はそういうタイプではなかった。こそこそして冷たかった。

人間には、色んなタイプがいて、本当に何の役にも立たない人間と言うのはいない。・・・彼の手慣れたハグで、私はだいぶん落ち着いたし、自分を取り戻すこともできた。

・・・しかし、彼と一緒に暮らすのは危険すぎる。それは私の精神的、肉体的安全を脅かすことだ。

だから私は横目を瞑って知らん顔をしている。